「大学受験の思い出」について

2020年3月12日


2月~3月にかけては受験シーズンであり、今日から国公立大学の後期試験が始まる予定です。
そのような報道を見て、私が大学受験をした当時の事を思い出しながらお話しします。
今から48~9年前、ほとんどの皆さんが生まれる前のお話しです。
私は高校時代にバスケットボールをしておりました。
7月初旬の大会でベスト4に入れずに引退してからしばらくした頃、バスケットボールを指導していただいていた先生に呼ばれました。
「小澤、この大学に行きなさい」と関西のとある大学を勧められました。
ただ当時の私の身長や能力では、大学バスケットボールでは通用しないだろうと考え辞退し受験勉強を始めました。
それなりに勉強はしましたが、志望校はあえなく桜散ってしまいました。
当時、大学の合格発表は現地に行き確認する、大学からの書類を待つ、もしくは受験後に在校生に依頼し「電報」を打ってもらうという方法でした。
電報の文面で「サクラサク」は合格、「サクラチル」は不合格という意味でした。
桜散った私は1年間頑張ってみようと自宅から通える予備校に通い、合間には運転免許を取得する資金を貯めるべく努力しながら2回目の受験に臨みました。
2回目は無事に桜咲き大学に入学することができました。
その当時、一大事件が起きていました。
世にいう「あさま山荘事件」です。
これは「連合赤軍」という武力革命を起こそうとする集団が起こした事件です。
長野県の軽井沢町にあった企業の保養所「あさま山荘」に人質をとって立てこもりました。
警察官が2名、民間人が1名亡くなり他にも多数の重軽傷者が出たという大事件です。
最後の受験が終わって家に帰った時もまだテレビ放映がされていました。
当時はずっとその事件の状況をテレビで流していました。
民放であれば合間にコマーシャルを入れるのが普通ですが、この時はコマーシャルを流さずに事件を流し続けました。
この事件後に爆発的に売れた商品があります。
ご存じの方もいるかも知れませんが、日清食品のカップヌードルです。
現場の機動隊員に食事を配りますが、マイナス15度という寒冷地のためすべて凍ってしまいます。
そこで警視庁が手配したのがカップヌードルでした。
それを食べる映像が繰り返し放映されたため、カップヌードルが売れたそうです。
そのような大事件もあったため、この時期になると思い出すので今日はお話ししました。


本日の発言者:Y.O
本日の発言時間:3分40秒


« 「投資」について | ホーム | 「コミケと著作権」について »

このページの先頭へ